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<続> 障害者プロレス観戦記

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沢波竹生
day
2003-05-10
 

  「百人限定、毛穴まで見える」それが4.26、渋谷ホール・ジ・エアーで行われたドッグレッグス興行の謳い文句であり、HPを見ると、女装趣味のラマンが水着を着て股を広げている写真が、繰り返しズームアップされていた。

 「障害者プロレスは美しい」と書いた私にとって、それは挑戦のように感じられた。前回見たときは、確かにかなり後ろの席だったので、レスラーの肌や汗、涎や鼻水などはまるで見えなかったのだ。私は、ある種の恐れとともに、しかしやはり見届けなければならないという義務感に急き立てられて、今回もまたチケットを購入した。

 今度こそ、真におどろおどろしく不気味で、その上汚いものを見せられるのではないか。それは、美しいなどという感傷めいた言葉を口にすることを今後一切許さぬ感覚的衝撃を与え、見る者にトラウマさえ残しかねないものではないか。


 私はそう恐れていた。会場に着いて、8階のエレベーターが開くと、視界の全てを占めるような形で目の前にリングが現れた。会場の大部分がリングであるかのようで、リングロープは張られていなかった。私の席は、今度は最前列で、マットに触れることができたし、試合が始まればレスラーに触れることも出来る位置だった。

***


 最初の試合で、硬直した手足をくねるようにばたつかせ、リング上を転げ、顰め面をさらに引き攣らせて叩き合う洋子(ラマン)とジャンボーグ栄子の姿を一列目から見たとき、私は異様な印象を感じ、やはりそうなのかと思った。しかしやがて、障害者のプロレスが異様なのではなく、障害者自体が異様に見えるのだということに気づいた。何しろ恐らく前回の興行以来、障害者の姿をほとんど目にしていないのだ。異様と言えばむしろその方が異様ではあるのだが。

 そして、その感覚は時間の経過とともに薄れ、3分3ラウンドの試合が終了するときには、見慣れた光景のように感じ始めていた。

  前回下北沢タウンホールで行ったときには、強いスポットライトの光によって闇に浮き上がるリングという舞台装置によって、ある種の舞踏のような印象を受けたのだが、今回は観客席とリングの境界が、光によってもロープによっても定められておらず、アーティスティックな印象は受けなかった。それは端的に「スポーツ」だった。

 舞踏のような美しさを見ることは出来なかったが、代わりに純粋なゲーム性を楽しむことが出来た。

***


 最後の試合は3人対3人、時間無制限のタッグマッチで、リングから落ちたレスラーが失格となるルールだったが、健常者の北島が予想外の落下で早々と場外に消え、人気者の慎太郎が落ち、最後は障害者レスラーの菓子パンマンと健常者レスラーの虫けらゴローとの一騎打ちになった。

 前回の興行で、真剣さを欠いて見えた虫けらゴローだったが、今回はまるで違っていた。本当に彼のファイトが変わったのか、それともファイト自体は変わらないが私の位置がリングに近いために違って見えるのか、ゴローのファイトは真剣で美しかった。

 彼は真剣に戦ったが、障害者の菓子パンマンに敗北した。菓子パンマンに負けたと言うより、ウルフファングに与えられたダメージが回復しなかったように見えた。障害者レスラー、ウルフファングの強さは衝撃的だった。体重を乗せたパンチがゴローの脇腹に何度も入ったし、立て膝の姿勢から前触れもなく宙を舞う延髄蹴りはゴローの脳天を直撃していた。健常者にも真似のできない技だろう

 前回、健常者レスラーが真剣さを欠いていたと感じたのは、どこかで障害者レスラーの方が弱いという先入観があったのかもしれない。しかし今回は、第二試合で、試合開始早々に健常者レスラーのビッグバンボランティアをKOした永野を始め、実は障害者レスラーの実力は健常者と遜色ないのだと認めざるを得なかった。

 試合を終え、引退を表明したジャンボーグ栄子の手とラマンの足が握手する姿は、ひたすら感動的で、入団テストに合格した女子高生の透明な目が印象的だった。

 一方、近くで見る北島の身体は、鍛えあげたという印象から遠く、前回のような輝きはまるでなかった。ただ、最後の試合を眺める、彼の愉快そうな表情だけが記憶に残った。  


障害者プロレス観戦記

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