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統計リテラシー体験談
私自身、アメリカでの中高数学教員の免許取得中に、初めてクリティカル・シンキングに出会い、クリス・トバニ氏のリーディング方法を学んだ。以前は本を読むことが苦手で、数学という白黒の世界にも居心地さを感じていたが、「読む」という行為が、自分の価値観や視点とテキストを関連付けて楽しんだり、メディアの真偽性も判断できるツールに成りえる事を実感した。
生徒として、このリーディング方法を学んだ直後に、自分の受け持つ数学の授業にも少し活用してみた。幸運な事に、当時使用していた教科書には、教員用の付録として様々なエントリーフォームが用意されていたので、授業に取り入れる事はさほど困難ではなかったが、とにかく時間の確保が問題だった。
例えば、メディアリテラシーのグループシンキングのようなアクティビティーを取り入れようとすると、まず生徒に記事を読ませて意見を考えさせる時間だけで20分、そしてクラス全体で意見交換、さらにそれを踏まえたディスカッションを行うと30分から40分。結局1時間の授業がこのアクティビティーだけで終わってしまう。
クリティカルシンキング導入方法について同僚に聞くと、
「ただでさえ、採点するペーパーやテストが山ほどあるのに、わざわざ自分の首を絞める事だけはしたくない。」
「カリキュラムに常に追われながら教えることは決して賛成しないので、クリティカルシンキングのような授業方法はとてもいい方法だと思う。でもこれは理想で、現実は結局カリキュラム通りに進めなければならない。」
というのが、常に時間に追われている教員の意見だった。
一方で、公立高校高校で数学と音楽を教えるある教員は次のように教えてくれた。
「例えば、クラシック音楽鑑賞の後には、必ず生徒に数分間で、今聴いた音楽の感想と、そのコネクション(自分との接点)について書かせる。それだけでも全然違うと思う。ほんの数分間考えて書かせるだけで、その音楽が体に身につくと思う。」
短時間でも少しずつ、という方法なら、無理なく生徒に教えることも可能なのだ。
クリティカル・リーディングの実践
昔は「なんとなーく重要な感じ」、と入れていたハイライトだが、試しにレアリゼ、三沢編集長の記事にハイライトを入れ、So Whatフォームを作成してみた。ハイライトの部分に対し、自分の経験や価値観に基づいたコネクションを記入し、その後にSo What?クエスチョンに答えた。
あいまいな記憶
裁判員制度のスタートに合わせて、証言の信憑性がテレビで話題になることが増えたような気がする。人の記憶は、意外にあいまいなもので、思い込みによる 錯誤や様々な心理バイアスによって、容易く変化してしまう。記憶の錯誤は、性格の慎重さや記憶力の良さに関係しない。
例えば、交通事故の映像を見た人を二つのグループに分け、それぞれに次の質問をするとする。
A 自動車が激突したときのスピードはだいたいどれくらいでしたか?
B 自動車が接触したときのスピードはだいたいどれくらいでしたか?
ロフタスとバルマーという心理学者による実験では、Aに対する回答の平均は時速65㎞、Bに対する回答の平均は時速52km。このような質問は「誘導尋 問」の一種だが、質問の仕方によって回答の仕方ではなく、記憶が変異してしまう一例だ。「記憶自体」というものは存在せず、記憶と判断とは常にセットに なっている。
アメリカで1994年、レイプの被害に会った女性が、警察署で写真を見せられた黒人青年を犯人と思いこんでしまったことで生じた冤罪事件があった。冤罪 事件を起こした捜査官が、「当時の我々は、物的状況だけではなく、記憶も保護しなければならないとは知らなかったし、訓練も受けていなかった。」と述懐し ていたが、当時の警察が意図してか、意図せずにか誘導してしまった白人女性の証言によって、逮捕された一人の黒人青年は、DNA鑑定で真犯人が逮捕される までの11年間もの間、無実の罪で監獄に閉じ込められていた。(2009年5月放送、CBSドキュメント「目撃証言の信ぴょう性 (Eyewitness)」/下に動画リンクあり)
このケースで印象的だったのは、この白人女性は、差別意識のないリベラルな人で、絶対に間違えないように内省に内省を重ねた上で間違えてしまったことである。
このように、社会的な偏見は、悪意のある人々によってだけでなく、善良な人々の記憶の曖昧さを媒介にして、その力を維持してきたのかもしれない。
(出典)クリティカル・シンキングを求めて Vol.1
http://www.realiser.org/report/lifestyle/article/index.php?id=238

自分で実際にSo What?フォームを埋めてみると実感できるが、引用部分から自分とのコネクション、さらにそのコネクションから思うこと、感じる事を書き出す事は容易な事ではない。
実際にこのフォームを埋めるだけで20-30分かかった。そう思うと、今まで自分が本や記事を読む時は、常に受動的で、”読んだ”記事でも実際には頭に入っていたのかあやふやで、読んだ事になっていない状況が多かったのではないかと疑ってしまう。
アメリカでは「アクティブ・リーディング」とも言うが、ただ文面に目を通すだけではなく、常に思考を働かせながら自分と文面とのコネクションを意識しアクティブに読む事で、文面から得られる情報などが体にしみ込む。
特に理解しにくい文面にはSo What?フォームを利用すると、理解が深まるのではないだろうか?
このような訓練は、子供の頃から受けるべきだと、フォームを埋めている時に強く実感した。中学時のあのディベートのクラスで習っていたら、どんなに違ったものかと考えてしまう。
クリティカル・シンキング・・・・So What?
クリティカル・シンキング教育は、ただ単に考える力を育成するだけではなく、日本社会が直面する様々な問題を解決する一つの鍵を握っているかもしれない。
●終身雇用などの日本的制度の限界が見えつつある日本で、新しい社会で生きる力を子供達に身につけさせるには?
●モノに溢れて育ち生きる気力をなくした若い世代に活気を与えるには?
●子供だけではなく大人の学力低下をストップさせるには?
●これまで海外でリーダーシップ力を問われる事のなかった日本でリーダーを育成するには?
●起訴後の有罪確定率99.9%の日本の司法制度を根本から変えていくには?
●そして今この記事を読んでいる読者が、「ヒトゴト」ではなく「ジブンゴト」として、様々な問題に立ち向かえるようになってもらえるには?
クリティカル・シンキングというツールによって、政治・司法・教育・消費者社会など、私達の日常生活を取り巻く様々なシステムを、客観的に評価し、より良い住みやすい環境を生み出すことができるかもしれない。
ところで、痴漢逮捕の汚名を着せられ、3年後に逆転無罪勝利を収めたある大学教授もこう語る。
「ある日突然『あなたを逮捕する。』と言われ、抵抗する手段を奪い取られたままベルトコンベアー式に有罪判決まで導かれてしまうような社会では、誰も安心して暮らせない。捜査当局や司法に関わる方々には大きな意識改革を切望する。」
思い込みや信じ込みで得られた情報だけを材料に、警察や検察側が容疑者を犯人だと思い込み、「まず犯人ありき」の論理を先行する捜査方法を取る限り、日本がこれからも冤罪大国として君臨し続けることは間違いない。
クリティカル・シンキング(批判的思考)をウェブ上で検索してみたところ、最近ではようやく認知され始めた分野ではあるが、まだまだ研究が必要な分野でもあることがわかった。
私自身も、クリティカル・シンキング導入方法などについても、レアリゼを通じて「ジブンゴト」と捉えながら調べていきたいと思う。
付録
「ダブルストラテジー、ダブルエントリーダイアリー」
So What?フォームに似たフォームで、左側には重要だと思う引用などを、右側にはその引用とのコネクションや引用に対する質問などを埋める。

記事にも出てきた「ハイライト&リビジット フォーム」

宗教とスピリチュアル(ニューエイジ)
クリティカル・シンキングを求めて Vol.1
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