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医師が開く、命の寺子屋

~体と心と魂の救済を目指す医療とは~

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伴 梨香
day
2005-01-29
 

 「ここは命について教えてくれる、寺子屋みたいなものですよ。」 癌を患っているという初老の男性は、この寺でおこなわれた会合について、そんな言葉で説明してくれた。そしてほがらかな表情のまま、すこし自慢するような口調で言った。「あの先生、ただの医者じゃなくて、医者と坊さんがいっしょになったような人だったでしょう?」
 
 その日、わたしはある医師に取材依頼の手紙を手渡すため、東京の下町、谷中にある寺院を訪ねたのだった。初めて訪れた古い寺町は起伏にうねり、坂道を吹き抜ける風はほうぼうで打ち鳴らされる鐘の音(ね)を含んで、また香(こう)の匂いが嗅がれた。目指した寺は、たくさんの幽霊画を所蔵していることで有名だと聞いていたが、本堂脇のギシギシと大げさにきしむ板張りの階段を上がると、果たしておどろおどろしくも美しい幽霊たちを収めた数十本の掛け軸が、薄暗い広間の壁でひっそりと風に揺らめいているのが覗かれた。

・・・


 訪ねたのは、この全生(ぜんしょう)庵(あん)という寺を定期的に訪れて講和をおこなっている、帯津良一医師である。自身が名誉院長を務める川越市の帯津三敬病院では、最新の現代医学のみならず、さまざまな代替医療を導入して治療にあたっている。


 もともと帯津医師は、東京大学医学部や駒込病院で、食道癌を専門としてメスを振るう外科医だった。ところが70年代後半、画像診断技術や抗癌剤など新しい治療法が続々と開発されているにもかかわらず、世界的な癌の治療成績がいっこうに向上していないというデータをつきつけられることになる。

 そして帯津医師は、中国でであった気功や漢方を手始めに、安全性と有効性について納得できた代替医療を治療に取り入れるべく、帯津三敬病院を設立した。今では漢方、気功、イメージ療法、心身リラクゼーション法、音楽療法、芳香療法、ホメオパシー、食養生などを、現代医学とともにおこなっている。

 帯津医師が目指しているのは、「ホリスティック(全的・全人的・包括的)医療」だという。ここでいう「包括的」とは、さまざまなレベルでの包括を意味する。人間の肉体という物質的側面と、「気」などと呼ばれるエネルギー的側面を包括的に扱うこと。肉体と感情と精神と魂という、人間存在のすべてを包括的に扱うこと。現代医学と、それ以外の相補・代替医療を包括的に扱うこと。人間と、それを取り巻き影響を与えている社会・環境・自然を包括的に扱うこと――。


 理想のホリスティック医療を目指し、帯津医師は志を同じくする仲間たちと98年に「日本代替・相補・伝統医療連合会議」を設立し、それはさらに発展して、現代医学とそれらを効果的に融合する方法を確立するための「日本統合医療学会」の設立に至っている。

・・・


 さて、その日の講和で、帯津医師はこんな話をした。「癌の患者さんのなかには、明るく前向きな気持ちを持たなくてはいけないと考えて、無理やり明るく過ごそうと努力する人がいるんですが、プレッシャーだけに支えられた明るさなどというものはもろいものです。かんたんにポキンと折れてしまう。だからわたしは患者さんたちに明るくしようなどと考えなくていい、人はそもそも哀しい存在なんですからと、いつも話しているんですよ。」

 言葉とは不釣合いな、無邪気にもみえる笑顔を向けながら、帯津医師は、人間は哀しいものなんです、人間として生まれてきた、ただそれだけで哀しいものなんです、そうくりかえした。講堂にちりばめられた小さな赤座布団の上で足を組みながら、老若男女さまざまな顔ぶれの聴講者たちは、言葉の底にある意味をそれぞれ噛みしめるように聴いていた。

 講和会での話題は多岐にわたる。医師として自分が今どんな壁に突き当たり、どのようにそれを乗り越えようと苦闘しているかという率直な告白、病んで癒える患者たちの物語、最新の現代医学的治療の解説――。この講堂でくり広げられているのは、命の仕組み、その秘密に、医師と人々が垣根なくいっしょになって向き合っている姿にも感じられた。

・・・


 帯津医師は、決して特定の宗教を語っているわけではないが、こういった活動の先には、医療と宗教の融合した姿がほの見える。長い長い医療の歴史の中、医療が宗教と切り離されたのは、17世紀以降のほんの短期間であるから、医療本来の姿への回帰というべき姿勢なのかもしれない。

 この短い期間、特化した科学的医療は目覚しく発展し、それは今後もいっそうの進歩が望まれるが、とくに日本では置き去りにされた感のある、心と魂の救済。それを求める人々が多くあり、それに応えようとする医師がいる。その姿が、もともと生・老・病・死のすべてを扱っていた寺院という場で実現されているのだった。 

 冒頭に登場した初老の男性は語っていた。「この講和会のことを知って、具合のいいときだけでも来てみようと思ったんだけどね、少々具合が悪くても、出かけて来たほうが調子がよくなるんだよ」。体のどこかに癌を抱えているはずのその男性の表情は、健やかと呼ぶにふさわしい明るさを、そのとき確かにたたえていた。(了)

※全生庵ほかでの帯津良一氏の講演予定については、帯津三敬病院ホームページでご確認ください。http://www.obitsusankei.or.jp/


風変わり?最先端?ニューヨークの統合医療センター

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