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誰もが自分らしく生きるために 第三話

~ 自立のきざし ~

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桜子
day
2005-10-01
 

 私はたまたま自閉症の子しか育てたことがないので、他の知的障害の子どもさんとは若干違いはあるかもしれないが、総じて思春期はどんな子どもでも荒れてしまうというのが周囲を見た印象である。

 息子の中学時代のほとんどは、不快音への過剰反応から始まった突発的な暴力への対処に翻弄された。

 週に一度、2歳半からずっと楽しみに通っていたシュタイナーの音楽や水彩画の教室へも、この頃から通えなくなった。私とふたりで外を出歩くことが不可能になるくらい、道の真ん中で暴れるようになったからだ。体の大きさが私を超えるようになったあたりで、彼の中の力学が逆転したのだろうか。一般的に見ても小柄な私(150cm・40kg)は息子が飛び掛れば簡単に吹っ飛ぶのである。自分の身の安全を考えたらもう限界であったと同時に、このままこの子はどうなってしまうのだろうという不安は大きかった。

 いずれにしても緊急避難的な措置をしなければ身がもたないので児童相談所に相談をし、施設の短期入所サービスを最大限の枠で(月に5日間)使えるようにしてもらった。しかし、元々緊急枠として空いているベッドは2床程度しかなく、いつでもこちらの希望通りに利用できるとは限らない。それでもこのサービスを使うようになってから、母子分離が息子の安定に効力があるということを実感した。

 こういう事態にならなければ、高校も自動的に今の学校の高等部へ進学させるはずであった。でもこの先ずっと薄氷を踏むような生活をすることが果たしてお互いのためになるのかどうか・・・。

 実は息子がそもそも自立心旺盛な子どもであることを中学に入る頃に指摘していた知人がいて、「俊哉はなるべく早い時期に手放すようにした方がよいよ」とアドバイスされていたのである。その当時はまだ子どもを手放す心の準備は出来ておらず、現実味のない話として受け取っていた。しかしここに来て初めて、その指摘が私の背中を押す役割を果たすことになった。

 あそこしかないのではないか? 以前から学校を通じて夏季合宿などの募集をしていた、養護教育塾「杜の子ファーム」のことが頭に浮かんだ。

 杜の子ファームは、昭和61年、群馬県の赤城山の麓に障害のある子どもたちが親元を離れて生活訓練をする場として設置され、その後そこに住まう子どもたちが通うための学校として設立されたのが、日本でも数少ない私立の養護学校「若葉養護学校」であった。

 中学3年の12月、私たちは学校と寮を見学に行き、アットホームな雰囲気と豊かな自然環境、清潔な生活環境に好感を抱き、翌月には5日間の体験入学をさせてもらった。当時の息子にしては、その5日間は非常によく頑張ったのではないかと思う。最終日に迎えにいった教室で、息子が入れてもらったクラスの男子生徒が「桐生君、ずっと友達だよ」と言って、自分の大事にしているスヌーピーのハンカチを息子にくれたことが私の心を決めたのかもしれない。

 親元を離れて生活するといっても金曜日の放課後には帰宅し、日曜の午後に帰寮するという決まりであり、横浜の自宅から車で片道約3~4時間の距離をかけて通うという大変さをもってしても入学させようと思ったのは、やはりそこにこそ息子の自立の手立てがあると直感したから以外にない。


誰もが自分らしく生きるために 第五話 ~若葉養護学校レポート その1 ~
誰もが自分らしく生きるために 第四話
誰もが自分らしく生きるために 第二話
誰もが自分らしく生きるために 第一話 ~息子はバリバリの自閉症です ~

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