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誰もが自分らしく生きるために 第四話

~ 自立とはまさに自律である ~

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桜子
day
2005-10-30
 

 今年2005年の夏休みが始まって10日あまり、ここ数年の夏休みには考えられないほど穏やかに俊哉との生活が送れている。もちろんまだ17歳、思春期の真っ最中であるから、手に負えないほどのパニックもたまにはあるが、この私が無傷であることは驚きに値する。

  2004年4月、俊哉は群馬の赤城山麓にある私立若葉養護学校・本科1年に入学した。と同時に親元を離れ、生活寮「杜の子ファーム」で他の生徒らと共に集団生活を送ることになった。

 俊哉の場合、私もいつかは手放さねばならないという思いから、中学校時代には民間のキャンプに休みの度に出し、集団での寝泊りや生活に少しでも慣れるように準備をしてきた。それは私にとっても「子離れ」の準備として必要なことであり、受け入れ側のご協力もあって、大変豊かな経験をさせていただいたと感謝している。

 そういう伏線もあっての寮生活であるし、そんなに心配をしていたわけでもなかったのだが、何もかも初めての環境での生活が始ったわけであるから、俊哉にはこちらが想像するよりはるかに大きなストレスが掛かっていたに違いない。それでも、週末に帰宅し日曜に寮に帰る段になっても、一度も嫌がることはなかった。

 最初の年は、夏休み、秋休み(二期制なので秋休みが10日ほどある)くらいまでは、自宅に帰ると非常に荒れたり、情緒が安定せず、私もストレスで体調不良になっていたが、それも学校や寮に少しずつ慣れるのに比例して徐々に安定するようになってきたように思う。

 群馬へ行ってまず出来るようになったのは、お箸を上手に使うことであった。実はまったく使えないわけではなかったらしいのだが、家ではどんなに使えと言っても、絶対に箸で食べようとせず、スプーンとフォークで食事をするのが決まりであった。家では許されても、やっぱり皆といるときはワガママは言えないという状況をわかっているのか、今ではとても器用にお箸を使えている。

 もうひとつ、自閉症の人にしては意外な面が俊哉にはあることに気がついた。例えばみんなで何かをやるような場面で、刺激が多すぎて俊哉が不安定になったら、先生は集団から離れたところへ彼を連れて行くというのがオーソドックスな対応であるのだが、俊哉はそれを頑として拒否するというのだ。

 どうしてもみんなの中に留まりたいという素振りをするのだと。どんなに不快な刺激(咳とかくしゃみとか)があったとしても、自分がそこから立ち去ることは嫌なのである。杜の子で生徒たちの誕生会などがあった時にも、「俊哉くんはとっても嬉しそうな表情で、みんなの中にいるのが好きなんだなあと思います」と連絡帳によく書いてある。

 自閉症の人は人との関わりやコミュニケーションが苦手だとしても、決して関わり自体が嫌なのではなく、何とか関わる方法が欲しいのではないだろうか。

 学校の仲間と24時間寝食をともにすることから生まれる親密感というのもあるだろうが、そこから親以外の他人への信頼感というのも生まれてくるのだろう。親だけでは出来ない教育というものは厳然としてある。それは健常者であろうが障害者であろうが同じである。自立を見据えての自律。これが出来る環境を与えてもらったことが私たちを救ったのである。


誰もが自分らしく生きるために 第五話 ~若葉養護学校レポート その1 ~
誰もが自分らしく生きるために 第三話
誰もが自分らしく生きるために 第二話
誰もが自分らしく生きるために 第一話 ~息子はバリバリの自閉症です ~

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