<1> 戦争は終わった? 今年5月19日、「スリランカ終戦」という大見出しが、イギリスやフランスの新聞一面トップに踊った。その前日、反政府武装組織LTTE(タミル・イーラム解放の虎)の指導者プラバカランと上層部メンバーが、ついに政府軍によって殺されたとの報道も流れた。26年にも及ぶ長い内戦の歴史に、どうやら終止符が打たれたようだ。国旗を振って勝利を祝うシンハラの人びとの写真が掲載された新聞もあった。 しかし、タミルの人びとの顔はどこにも見えない。 26年以上の長い間、戦地となった土地に生き、政府とLTTEの間で翻弄され続けたタミルの人びとは、今どんな状況で何を考えているのだろう。そして何よりも、「終戦」とは、タミルの人びとにとって何を意味するのだろうか? 実際、この問いへの答えを探そうとインターネットで検索をかけてみたところで、ほとんど情報が得られない。理由のひとつに、戦況が激化した昨年末頃から、ジャーナリストや国際NGOがスリランカ北部から完全にシャットアウトされていた事情がある。政府による厳しい入域禁止令が出され、「目撃者のいない戦争」と揶揄された。 終戦直後にも、スリランカ北部での取材許可を求めてたフォト・ジャーナリストの友人が、ビザの不備を理由に入域を断られている。 戦争中、国防省は連日、LTTE兵士を多く殺傷し戦況は上々というニュースを伝えていた。一方、LTTE側のニュースウェブサイトでは、砲撃の犠牲となった子どもたちの死体や、傷ついた老母をかついで病院に走る男性の姿など、生々しい戦地の映像が伝えられ、政府軍の攻撃によって命を落した一般市民は数万人に登ると報道された。これだけ報道が溢れていながら、そこから人びとの声は聞こえない。 終戦報道を聞いて釈然としない気持ちを抱えていた時、パリに20年以上住んでいるというタンビラージャさん(仮名)に出会った。彼は、80年代に難民としてフランスに渡って以来、ビルの清掃と小商店の店番で生計を立てている50代の男性だ。「戦争が終わったというニュースが…」と問いかけると、すぐに次の言葉が返ってきた。 「戦争は終わっていない。スリランカにとって、今もこれからも、終わりはないように思う。政治がある限り、また誰かが争いを始めるんだ。」 ほとんど予想通りの返事だった。さらにタンビラージャさんは続けた。 「戦争は政治家が起こすんだ。タミル人をあれだけ犠牲にした政府が、戦争が終わったからといって私たちにも平和の恩恵を授けようとするとは思えないよ。また、30年前のように政府がシンハラ・オンリー(シンハラ語公用語)政策を私たちに押し付けるなら、タミル人の中に反感を持つグループが必ず出て来る。戦争が終わるなんて、考えられないよ。」 「平和」への不安。平和が、新たな抑圧を意味するのではないか、という疑い。メディアを通しては聞こえなかった声が、友人や知人たちの間からぽつぽつと聞こえてきた。スリランカ・タミルの友人たちが共通して訴える今の心情は、大いなる「不安」だった。 <2> 政府とLTTEの狭間で 2004年から2005年まで、わたしはアジア太平洋資料センター(現:PARCIC)のプロジェクトマネージャーとしてスリランカのジャフナ県に派遣されていた。ジャフナはスリランカの最北に位置する県で、地図上でみると「インド洋の涙」と呼ばれるスリランカの、てっぺんで水滴が散ったような形をしているところだ。
出典:Association of Tamils of Sri Lanka in USA
スリランカ北東部にはタミル人が多く住む。わたしが滞在していた頃、キリノッチ周辺の北部地域はLTTEの直接支配地域だったが、ジャフナ県のほとんどは政府軍の監視下にあり、県内の至るところに軍のチェックポイントが設けられていた。とはいえ、LTTEの存在感は色濃く、県内の全ての出来事はLTTEに把握されている、という様な一種緊張した空気があった。 タミル地域に住む一般のタミルの人びとと、LTTEとの関係は一様ではなかった。誰もがLTTEを心から支持しているわけではなかったが、LTTEの批判を口にすることは憚られたし、LTTEの意向を無視して物事を進めれば、制裁を受けるに違いないという恐れが人びとの間にあった。 また、LTTEはジャフナの警察代わりでもあった。当時、ジャフナには、軍の他にもシンハラ人の警官が大勢駐在していたが、そのほとんどがタミル語を解さなかった。そのため、犯罪にまきこまれた際に地元民が警察で訴えたところで、まともに聞いてもらえないことが多い。聞いてもらえても、警察の重い腰を動かすのはさらに大変だ。一方でLTTEが犯罪を耳にすれば、すぐに動いてくれるという噂があった。反面、誰かに訴えられれば身の危険にさらされるという怯えも垣間みえた。 他方、子どもがLTTEに入団した、と悲しそうに語る親たちや、政府とLTTEの二重税のために収入が入ってこないとぼやく商人の声を何度聞いたことだろう。20代の男性の友人たちは、いつかLTTEに兵士として駆り出されるのではないかと心配をしていた。 しかし、人びとは同時にLTTEの存在がなくなることも、大いに危惧していた。わたしが滞在していた頃でも、政府軍の兵士が地元の少女を暴行したという話や、取り調べのためにタミル人を無理矢理連行するという話はあちらこちらから聞こえてきた。ジャフナで30年以上公務員として働いていた友人の言葉が思い出される。
2005年津波後の仮設住宅/LTTE支配地域のマルダンガーニにて
「暴力を用いるLTTEのやり方が正しいとは、決して思わない。でも、もしLTTEが居なくなったら、だれが政府軍からわたしたちの生活を守ってくれるだろう?タミルの側に武力の盾がなくなれば、政府はタミルを排斥し始めるかもしれない。その動きに異を唱えられる存在がいないとしたら、わたしたちは抑圧されるしかなくなってしまう。」
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スリランカの今 - タミルの人びとが抱える不安 by 今成彩子/INDEPENDENT MEDIA [レアリゼ]は、 Creative Commons 表示-改変禁止 2.1 日本 License のもとでライセンスされています。ライセンスのより詳しい説明は、こちらをご覧下さい。