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多言語社会とアイデンティティ(最終回)

/第6回共同リサーチ:多言語教育の現状と課題 Vol.6

leader from from
せきじえり 東京
day
2010-01-23
 

 前回は、多言語教育を容易にする多文化社会について見てきましたが、今回は、バイリンガルとアイデンティティについて、見てみます。

 「多言語話者のアイデンティティは、どのようなものになっているのか?」という質問に対して、言語とアイデンティティとの関係を指摘する、次のようなコメントが寄せられました。

 『言語とアイデンティティは深く結びついている』
 『中途半端、どっちつかずといった葛藤を抱えている人がいる』
 『「複数のアイデンティティ」を有する場合もある』
 『異なる文化の影響を受けながら育つ人は、自分のアイデンティティというものに対する考え方が単一文化の中で育つ人と異なるだろう』

 複数のアイデンティティを持つあり方、揺れ動くアイデンティティ、成長とともに変容していくアイデンティティ、アイデンティティを単一で固定したものと捉えず、複数で変化するものと理解する意見が多くみられました。最近では、「ハイブリッド・アイデンティティ」という言葉を使う人もいます。

複数のアイデンティティ

 複数のアイデンティティを有するケースとして、「○○系○○人」というアイデンティティのあり方は、かなり一般的なようです。アメリカからは、アメリカで生まれた日本人が、日本語教育を受けて育ち、その後「アメリカン・ジャパニーズ」としてのアイデンティティを確立する様子が報告されました。

♦日系アメリカ人

 『ほとんどの家庭では土曜日の日本人補習校か、日本語の公文塾、あるいはそれに準ずる個人塾や家庭教師などを通して、幼児期から日本語教育を行っています。何らかの形で日本語教育を受けたのち、大学に入るまでは先生のアシスタント、ボランティアなどを通して、より積極的に日本語に関わります。

 これらの活動は、大学入試時の内申書に、学校外での活動として非常に重視されるためで、彼らが自分のもつアメリカン・ジャパニーズとしてのアイデンティティを肯定する大切な機会でもあり、そうしたものを社会が奨励・肯定している好例だと思います。』

♦ブラジル系アメリカ人

 『ブラジル生まれアメリカ育ちで、ポルトガル語・英語ともに母語レベル、加えてスペイン語とフランス語を話す友人のアイデンティティはブラジル(母国)とアメリカ(育った国)の両方であり、『ブラジル系アメリカ人』と言っている。』

より包括的なアイデンティティ

 また、複数の言語を包括するようなアイデンティティを持つ人もいるようです。日本で生まれ育った日本人が、高校からアメリカに移住し、英語で暮らすようになって「アジア人」というアイデンティティを持つようになったと報告がありました。「アジア人」のアイデンティティは、欧米で暮らす日本人には少なくないようです。

♦アジア人(アメリカ在住日本人)

 『私は日本語が母語で、高校・大学を通して英語を話すようになった。ただ、大学時代以降、日本語の文章力や漢字力が衰えているというのを感じる。今の仕事環境を考えたとき、英語を使うことによって活動の可能性が広がるメリットを感じている。英語を主に使う生活に慣れてきたことが、単に言語面だけでなく、物事のとらえ方・考え方にも影響していると思う。
 自分のアイデンティティに変化があったとすれば、「日本人」でなく「アジア人」として捉えることが多くなったことだろう。「アメリカ人」という意識はほとんどないが、「新しい知に移り住んだ人は、10年くらいを境に『ホーム』が母国から新しい国に代わる」というのを聞いたことがある。』

言語とアイデンティティとは余り関係がない

 言語とアイデンティティとはさほど関係がない、あるいは生活環境によって異なるという意見もありました。

 『当人の軸足の置き方、生活環境による』
 『アイデンティティは学校で教えるものではなく、家庭でしか植え付けられない』
 『(アメリカやイギリスのように英語を自国語のひとつとする国において)英語を話すということが必ずしも自分のアイデンティティと関係しない』

 複数の言語や文化を持つ人が多く住む多文化・多言語社会では、アイデンティティを問われると居住国を答える人も少なくないようです。

♦ベルギー人(両親がベトナム人でベトナム語、フランス語、オランダ語、英語、スペイン語を話す)

 『「あなたの母語(mother language)は強いて言うと何か?」と訊いたところ、ベトナム語だと言っていました。理由は、数を勘定する時にベトナム語を使うからだそうです。
 「じゃあ、アイデンティティは?」と訊いたら、”ベルギー人”だそうです。それは国籍がベルギー人だからという理由に因るところが大きいようです。ベルギーでは、フランダース人またはワロン人と自称する人が多く、”ベルギー人”というアイデンティティは極めて希薄であると聞いていましたが、彼女のような移民がベルギーという国民国家をアイデンティティの拠り所とするというのは、少々興味深いと思いました。』

♦カナダ(バンクーバー)

 『カナダ、特に歴史の浅いバンクーバーは世界でも特殊なところだと思います。移民の家庭は母語によりその国のやり方で家庭内のしつけなどをやっていると思いますが、育っている子どもたちはカナディアンです。友達同士の付き合いでアイデンティティをあまり振りかざしていたら友達ができにくいと思います。』

 このケースでの自国へのアイデンティファイは、その国が多文化・多言語社会であることを自他共に認めているからこそ、可能になるのだと思います。

得意な分野を作りやすい

 親の出身が居住国と異なる場合に、親の文化については自分のアイデンティティとは言えないまでも、その文化への親近感や情報の入手し易さなどから、自分の得意な分野として力を伸ばすケースも報告されました。

♦イラン系英国人を母に持つ英国人少年

 『英国人の父、イラン系英国人の母を持つ16歳の少年は、母と祖父母の話す日常会話のペルシャ語を理解するが、話すことはできない。彼女自身は「英国人」だと思っているが、祖父が見聞きするイラン語放送やニュースによって、言語としての身近さ、そして家族から聞くイラン事情により一般の人よりイランに詳しいのは事実である。』

 また、必ずしも特別な継承語教育をしていなくても、子供が成長してから自ら選択して学習していくケースも少なくないようです。子供本人に勉強する意思が生まれれば、元々環境にアドバンテージがあるので、学習スピードも速いようです。

♦中国人の母を持つ英国人少年

 『英国人の父、中国人の母を持つ18歳の少年は、全く中国語を話さなかったが、大学進学を控え自分の進路について考えるようになり、中国旅行にでかけただけでなく、大学での専攻で中国語を選択した。現在すごい勢いで中国語を習得しており、新聞も読めるレベルになったと母親が驚いている。』

 言うまでもないことですが、親の意思だけでなく、子供の意思や将来のビジョンも重要なファクターでしょう。

多言語話者のメリット

 最後に「多言語話者であることのメリットは?」という質問に対し、素敵な答えがたくさん返ってきたので紹介します。

 『多様性を知ることができる』
 『多く話せたほうがいいに越したことない、という見方に疑いを持ったことはない』
 『多言語環境から生まれる好奇心、人といろんな言葉でコミュニケーションをとる喜び、日常生活での言語に触れる機会を持つことができる。才能などよりも、この辺がポイントだと思う。』
 『多様性の価値を知る、人とのつながりを持つ。これらによっては、自分の個性に対する自信がつよまる。アイデンティティはひとつじゃなくてもいい、複数のアイデンティティを持ってもいい、むしろその方が、世の中で広く生きることができる。娘にも多言語社会の楽しみを知ってもらいたい』

 今回のリサーチを通じて、世界で多言語教育に挑戦する親たちの声をたくさん拾い上げることができました。言語教育にオールマイティ・カードは存在しません。社会や家庭や個人の状況に応じて、多様な問題や多様な対策があるのでしょう。

 とりわけ、多言語教育に対する理解が低く、教育制度が充実していない地域では、親たちが多言語教育のために孤立した努力を続ける様子が見て取れました。

 もし言語を社会の財産の一つと捉える意識が広がれば、子供の多言語教育を「家庭での頑張り」のみに依拠するのではなく、社会全体としてサポートするような仕組みができていくかもしれません。そうなれば、言語の問題を抱える子どもたちも減っていくでしょう。

 言語教育に必要な情報提供やサポート体制などの仕組みを作るために、レアリゼに何ができるのか、これからも考えて行きたいと思います。読者の皆さんも、ニーズがあれば連絡してください。一緒にできることは何か、考えていきましょう。

(とりまとめ担当:せきじ、三沢)


Vol.1 多言語状況における言語習得の問題
Vol.2 セミリンガル/ダブルリミテッドという問題(思春期までの言語習得の問題)
Vol.3 多言語環境における親の姿勢 
Vol.4 多言語教育を支える教育機関
Vol.5  多言語教育を容易にする文化

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