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トイレに入り、便座カバーを上げる。やにわに腕を便器の中へと突っ込んだかと思うと、便槽の中のモノを手で掴み上げ、鼻を近づけてクンクン。そんな行為をするのは変態だ。多くの人はそう考えるだろう。私もそうだった。屎尿=汚物という固定観念があるからだ。その観念をバイオトイレが打ち砕いてくれた。私は、この手で便器内のモノを掴み上げ、深く匂いを吸い込み、そして爽やかな達成感に浸った。
屎尿の正体
かつて、世界一乾燥していると言われる南米のアタカマ砂漠を旅していた時のことだ。一休みしようと道を外れて砂の上を歩いていくと、黒い板海苔のようなものを発見した。周囲の状況からして、それが誰かのオミヤゲだと気付くのに、数秒かかった。オミヤゲがその原型をまったく留めていなかったのと、汚物には付き物の悪臭がほとんど感じられなかったからだ。
人間の排泄する屎尿の90%以上が水分からできているという。つまり、水分を取り除いたならば、屎尿の分量はぐんと目減りする。今回の取材でその事実を知った時、砂漠の中のオミヤゲを思い出し、なるほどと思った。実は、今注目を集めつつあるバイオトイレの重要なポイントがそこにある。
バイオトイレのしくみ
ひと言で言えば、"バイオ(bio=生物)"を使って屎尿を処理するトイレのこと。水を使って屎尿を流す"水洗トイレ"に対して、水を使わないことから"ドライトイレ"とも呼ばれる。
メーカーにより多少の差異はあるが、基本的な仕組みはこうだ。
 上の写真にあるように、便座の下に汲み取り式と同様の便槽を設け、そこにオガクズを入れておく。その中に屎尿が投入されると同時に、屎尿がオガクズと共にかき混ぜられる。すると、屎尿の水分は次第に蒸発し、最大で元の10%程度の固形分が残る。この残りの固形分は、屎尿に含まれている腸内細菌(大腸に生息している)と自然界に浮遊している微生物の発酵作用により「炭酸ガス」と「水」とに分解される。水の蒸発は常に行われているから、そこで生成された水も蒸発し、結局、屎尿は消え失せる。
この発酵・分解に必要となるポイントが、「酸素」、「水」、「温度」の三点だ。そのうち、「水」は屎尿そのものに含まれている。「酸素」は、目に見えない穴が無数に開いている構造を持つオガクズを便槽に入れることにより好気性環境が得られる。最後の「温度」は、細菌が活性化する温度が必要だが、この温度は発酵による発熱やそれを補うヒーターにより保たれる。
新宿にバイオトイレが登場
このバイオトイレ、欧米ではすでに70年代から注目され開発が進められてきた。特に、環境問題が重視される昨今、一回のフラッシュで10リットル前後の水を必要とする水洗トイレの代替物として、急速に市場が拡大してきている。また、下水道施設の整備が遅れている発展途上国や、下水道施設を設けることが難しい立地条件下でのトイレとして脚光を浴びている。
日本におけるバイオトイレの認知度はまだ低い。業界大手の一つ、正和電工(株)のバイオラックスの代理店をしている東京サンツールの巌社長によれば、
「つい最近までは、営業していても門前払いばっかりだった」 という。女性のトイレでは、排泄音を消すために水を流す使用者が少なくなく、省資源対策としてTOTOの擬音装置「音姫」が設置されている現状を考えるとうなずける。しかし、2000年に富士山に実験的に設置されたバイオトイレが好評を博したのを機に、雲行きが変わり始めた。
2003年6月に、新宿区がJR四ッ谷駅に隣接した広場に設置した一台のバイオトイレを訪ねてみた。
主にゲートボール場として市民に利用されているこの「よつや運動広場」には、長年トイレが存在せず、利用者からの要望が絶えなかった。新宿区役所土木課によれば、「地形上、排水設備の設置が困難だったから」だという。そこで目に止まったのがバイオトイレだった。
「以前は、駅のトイレまで行かなくちゃで大変だったの。だからこれができて本当に助かってますよ」 たまたまゲートボールの練習をしていた年配の女性は言った。従来のトイレとは違う点について尋ねてみると、
「臭いも全然ないしね。水洗じゃなくても、慣れたら別になんてことはないですよ」 とご満足の様子だ。同伴の女性も、「そうよ。いいわよこれ」と頷く。そこで一緒に練習をしていた同年輩の男性が続けた。
「いやー、おれはいやだね」 やっぱりか、と思った。本当は結構汚れやすかったり、臭かったりで、気持ちよく使えないのだろう。男性が急な時には辺り構わず小便が可能なのに対して、女性はどうしても"トイレ"という箱が必要になる。その不便が解消された喜びから、婦人はバイオトイレをひいき目に評価したのだ。私は、自分なりに抱いていたイメージから、そう推察した。
しかし、実際にはそれは私の勘違いだった。男性は言った。
「あれなんだよな。水でシャーといかないと、どうもしたような気がしなくて」 突っ込んで尋ねてみても、男性が訝しがる理由はその一点に絞られていた。
「実際、イメージから渋い反応をする人が多いんですよ。臭いの元になる水を使っていないので水洗よりも臭わないし、きれいなんですけどね」 と、このトイレ(バイオラックス)を納入した東京サンツールの巌社長は言う。
この社長、私をこのトイレへと案内するや、いきなり便器の蓋を開け、手を便槽の中に突っ込んだのだ。そして、中のモノを掴み上げると、鼻で臭いを嗅ぎながら言った。
「あっ、これはまだいけますね。ほーら、こんなにサラサラですよ」
ふーむ。販売者としてのパフォーマンスにも見えた社長の行為が、一気に信憑性を帯びてきた。百聞は一見に如かず。私も便器の中に手を突っ込んでみることにした。(つづく)
バイオトイレ(下)
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