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オーストラリア2020サミット~市民に開かれた政治を
全国各地から集まった約1000名の市民代表が、将来の国のあり方について意見を出し合う「オーストラリア2020サミット」が、オーストラリアの首都キャンベラで、2008年4月19、20日の2日間(1日目:8:45~18:00、2日目:8:30~15:00)にわたって開催された。
 初日に会場に集まった市民代表
この市民サミットは、労働党新政権のラッド首相が2020年を目安とした同国の長期的戦略を立てる上で国民から新しいアイディアを提案してもらおうと呼びかけたものだ。政策立案に向けて市民の声を汲み上げることを目的とした市民サミットが自治体や省庁レベルで開催される例は世界各地で散見される。しかし、国の将来像を模索する国家レベルの市民サミットの開催は、近年においておそらく世界でも例を見ないのではないだろうか。
ラッド新政権は昨年12月に経済優先の保守的なハワード政権を破って11年ぶりに政権交代を果たした。同政権はその後半年余のうちに、前政権下で鬱積していた大衆の不満を解消し新時代の幕開けをアピールするような象徴的な政策を次々と実現してきた。
京都議定書批准、イラク派遣軍撤退、強制隔離政策の犠牲となった先住民「盗まれた世代」への公式謝罪、反捕鯨対策の強化、労働者の反発が強かった新労使関係法の廃止などが代表的な例であるが、国民の意見を広く募る「オーストラリア2020サミット」の開催もその一つといえるだろう。
 オープニング・セレモニーの様子
サミットに参加した市民代表は学者、NGO関係者、弁護士、医者、スポーツ選手、アーティスト、学生など様々なバックグラウンドを持つ人たちだ。彼らはサミットで討議される10項目の主要課題のうち、最も関心のある課題の分科会に応募して選出されたボランティア有志であり、キャンベラへの旅費も宿泊費も自己負担で参加した。
10項目の主要課題は「生産性向上」、「経済」、「人口、持続可能性、気候変動と水問題」、「地方活性化」、「健康」、「コミュニティー」、「先住民」、「創造芸術」、「統治」、「安全保障」であり、各分科会は民間代表の委員長と政府代表の副委員長を含めた100名ずつの参加者で構成された。
ラッド首相の他、サミットに招待された野党党首、各州首相および各州野党リーダーは、全体会議に続いて開催された複数の分科会を巡回して市民代表と対話した。
 コミュニティー部会で和やかに歓談する参加者
国民のコミットメントに追い風
「統治」部会に出席したシドニー大学リン・カーソン准教授は、サミットに参加した感想を報告文 の中で以下のように述べている。
「オープニング・レセプションで話をした(資金に窮した福祉団体から来た)ある市民代表は、新政府とどうつきあえばよいのかわからないと言っていました。今まで長いこと政府機関に働きかけては門前払いを受けており、手詰まりの状態だったのです。そこへ政府が彼を暖かく招き入れたのですからどう受け止めたらよいのか戸惑うのも無理はありません。参加者の多くがこのような感情を共有するか、あるいは彼がどう感じたかよくわかっていたと思います。」
「サミットが進行するにつれ、風向きが変わったのだ、耳を傾けてもらえるのだ、私達のアイディアが検討されるのだ、という確信めいたものが芽生えてきました。その理由の一つとして私達が身をもって実感した否定しようのない風通しの良さがあります。私達は議事堂の中をあちこち歩き回りました。政治家とおしゃべりして、公然と政治家の批判をしたり間違いを正したりもしました。メディアのカメラはいたるところにありました。閉ざされているドアはどこにもないように思われ、他のオーストラリア国民にも味わって欲しいと思いました。」
 創造芸術部会には著名俳優の姿も
「オーストラリア2020サミット」に関わったのは議事堂に集まった1000名だけではない。2008年2月の発表以来、同サミットに先駆けて地域レベルのサミットや民族コミュニティのサミットが開催された。また、500以上の学校で課題についての討論会が行われ、サミットの1週間前には議事堂で青少年サミットも開催された。青少年サミットで出されたアイディアは2020サミットの最終報告書にしっかりと盛り込まれた。その他にも3600以上の個人や団体から約8800の政策提言が同サミットのホームページに寄せられたという。
ホームページではサミットの様子がストリーミングで生放送され、サミット後も録画ビデオの閲覧や国民からの政策提言の受付が出来るようになっている。また、テレビではABC1(アナログ放送)がオープニング・セッションとクロージング・セッションを生放送し、ABC2(デジタル放送)がほとんど全部を生放送した。
サミットでまとめられた2010年までの共和制移行などの提言に対し、政府は2008年末までに回答を出す予定だ。
 創造芸術部会の2日目の討議の様子
討議(熟議)民主主義への歩み
1980年代から提唱され始めた討議(熟議)民主主義(Deliberative Democracy)という概念がある。知識や理解レベルの異なる市民が専門家を交えて討議をすることにより見解や意見を発展させていく「熟議 (deliberation)」をベースとした民主主義のことだ。専門家と素人の力を合わせることによって新しいアイディアが生まれたり、より良い意思決定につながることがあるのだという。
「2020オーストラリアサミット」の参加者として選出された市民代表は、その分野に明るい人達が大多数だったため、同サミットは無知識層までを取り込んだ熟議とは言えない。前述のカーソン准教授も、もし無作為抽出した市民を参加させていたらもっと実りのある結果をもたらしていたかもしれないと振り返る。
 先住民部会のグループディスカッション
しかし、討議(熟議)民主主義の試みは既に産声をあげている。例えば、ゴールデンタイムに放映されているSBSテレビの討論番組「insight」。毎回異なるテーマについてスタジオに集まった視聴者が専門家のパネリストを交えて公開討論を行うのだが、異なる立場にいる参加者の見解を聞く事により、番組終了時にはそのテーマについての理解が格段に深まり、時には私自身の見解が変わっていることがよくある。視聴後に自分も討論に参加したいと思ったら番組のウェブサイトが提供するチャットに参加したり、コメント欄に自分の意見を書いて賛否を仰ぐこともできる。
新政権下で政治家と市民の距離が縮まったように見える現在、今後オーストラリアで熟議民主主義が開花するだろうと考えるのもあながち夢物語ではないかもしれない。
写真提供: オーストラリア連邦政府、首相・内閣府
“Images courtesy of the Australian Government, Department of the Prime Minister and Cabinet”
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