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Children Overboard事件~オーストラリアのボート難民たち~

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飯野陽子 オーストラリア
day
2004-04-08
 

オーストラリアらしさとは

 1月25日、オーストラリア建国日、パース・シティのスワン川沿いで催される花火や音楽を交えた毎年恒例のスカイ・ショーで、今年は酒に酔うなどした若者たちが騒ぎを起こし、50人が入院するという事態が起った。

 オーストラリア人であることを祝う目的のイベントにおけるこの若者たちの行いは、「オーストラリア人らしからぬ行い」だ、と非難を浴びたが、彼らのエスニシティー(民族性)は一切話題に上らなかった。

 でももしこの騒ぎが、エスニックの多く住むシドニー南西地区、例えばベトナム系オーストラリア人によるドラッグ売買が摘発されたカブラマタやレバノン系ギャングの事件でメディアを騒がせたバンクスタウンで起っていたとしたら?

 きっとすぐさま《オーストラリア人らしからぬ》として、センセーショナルな見出しとともに報道され、トーク・バックラジオ番組では《彼ら》が《我々》の国で行う言動についての、様々な抗議がなされるだろう。多くの場合において、エスニシティーは反社会的な言動と結びつけられてしまうようだ。

 それでは、オーストラリアに庇護を求めて不法入国する人たちは《反社会的》なのだろうか?

 最近の不法入国による庇護申請者は中近東諸国の出身者が占めている1というが、illegal(違法)、密入国者、queu jumper(難民申請の正規のプロセスを踏まず、難民認定を待つ人々の列に《横入り》をしている人)、時にはテロリスト呼ばわりされる彼らは、不法入国という違法行為のみが注目され、犯罪者のごとく扱われてしまうことがある。

難民を保護する義務

 しかし今一度、世界人権宣言14条や国連難民条約を見直してほしい。オーストラリアにやって来る庇護申請者の多くは真の難民であり、彼らは「迫害を逃れて、他国に庇護を求める権利」を持ち、オーストラリアや日本を含むその条約に批准した国々は、「難民を保護する義務」、「難民たちの基本的権利を保障する義務」があるのである。

  2001年10月6日クリスマス島沖で、オーストラリア海軍が187人のイラク難民を乗せた漁船を発見。オーストラリアへの上陸を拒否したが、海に飛び込むなどした難民たちを海軍が救助する、という出来事があった。

 翌11月の国政選挙の投票日を直前に控え、ハワード政府は《難民たちが子供たちを抱えて海の中に投げ入れようとしている》、との映像を流し、「入国を強制するために子供たちを海に投げ入れた」と難民たちを非難。

 他の政治家、マスメディアともに「真の難民は自分たちの子供を海に投げ入れたりしないであろう。彼らの行為は理解を超えている」、「このような人たちはオーストラリアには望ましくない」と一斉に非難した。

 それまで難民政策を批判されていたハワード首相は、これを機にさらに厳しい難民政策と沿岸警備の強化を、キャンペーンで繰り返し訴えた。そしてこの断固とした難民政策が結果的に功を奏したかたちで、ハワード政権は僅差で再選を果たした。

メディアが伝えなかったこと

 しかしその選挙直後に、漁船は実際に沈みかけており、海に飛び込み、救命ボートに向かって泳ぐようにという海軍の指示に従ってのことであったという事実関係が判明、海軍側は難民たちが子供たちを海に投げ入れたと政府側に報告したことも否定した。

 ハワード政府は難民たちを犯罪者のように扱い、政治的なゴールを満たそうとするプロパガンダのために、都合のいいように事実を曲げて報道した、と批判され、そのモラルが問いただされた。

 この一連の事件がChildren Overboard事件と呼ばれるものである。この事件に関連し、難民=オーストラリア社会にとって脅威となる存在、というステレオタイプによって人々の恐怖を煽り、センセーショナルに報じたマスコミでは、沈みかけた船から救出された後の難民たちの安堵の表情を写した映像-難民たちの《人間》としての部分-が伝えることはなかった2。

 イギリスで活躍するオーストラリア人ジャーナリスト、ドキュメンタリー作家であるジョン・ピルジャーは「このChildren Overboard事件によって、嘘と人種差別を広めたのは、オーストラリア・メディアである。今やっきになって政府の許しがたい嘘を銃弾しているジャーナリストは、難民に対する世論を厳しくさせた《偽ヒステリー》の一役を担ったことを認めてはいない」とメディアを批判した3。

 最近のマスメディアにおけるイスラム過激派やテロリスト行為を前面に押し出し、センセーショナルな報道は、人種、文化または宗教的に異なる人々-この場合は多様なイスラム社会を単一化し-を《我々》と《彼ら》のカテゴリーに入れ、《彼ら》を自分たちとは《異質なもの》《無関係なもの》にしてしまいかねない。

 その結果、国境保護やテロ対策の名のもとに、非人道的な強制収容や庇護申請者に対する厳しい対応、さらにはイラク戦争のように先制攻撃による戦争さえも正当化してしまうものではないだろうか。

 タンパ事件4以来、ボート難民たちのオーストラリア入国を断固として拒む、というオーストラリアの対応は、国際社会が定めた難民保護の義務を怠るものとして、国内外からの批判を浴びている。

 また庇護申請者の強制収容や、不法入国者に対しては難民認定後もその権利を制限する、などといった措置も常に議論を呼んでいる。

 Children Overboard事件での政府の難民に対する正当性のない議論、信頼性に欠けるメディア報道、それに動かされていく世論-この事件後半年で、インターネット上に見られる難民、庇護申請者の人権問題に関わるアドボカシー・グループの数は倍増したという。Children Overboard事件は、そういった一連の動きを懸念する人たちにとっての警鐘となった、と言えるだろう。

全ての人は迫害を逃れ、他国に庇護を求める権利を持つ


-世界人権宣言14条-



 人権が尊重されている国で暮らしているのは、たまたまオーストラリアという国に生まれおちた偶然にすぎない。しかし他の人たちの人権を見ないふりをしてまで、その暮らしを守ろうとする権利がモラル的に見て、私たちにあるでしょうか?ジャック・スミス Project SafeCom Inc. http://www.safecom.org/refugees1.htm

1.表4 船舶による不法入国者の国籍別人員(1989-2002)
  http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/pr/pub/geppo/pdfs/03_1_1.pdf 参照

2.写真提供: Project SafeCom Inc.
 http://www.safecom.org/kids-overboard.htm
 Project SafeCom Incは政府が公表せず、マスメディアでも伝えられることのなかった難民の素顔を映し出した写真を独自に入手し、ウェブサイトで公開した。ここでもProject SafeCom Incの創立者であり、コーディネイターであるジャック・スミス氏の許可を得て、使わせてもらった。このような写真が選挙前に公表されていたら、難民に対する世論、選挙結果すらも変わっていたかもしれない、とスミス氏は言う。

3."The Murdock effect", Green Left Weekly, 27/02/02  
 http://www.greenleft.org.au/back/2002/482/482p9.htm
 ジョン・ピルジャーに関するウェブサイト:http://www.johnpilger.com/

4.2001年8月オーストラリアの海域内で433人の難民を乗せた船が沈みかけているのを、通りかかったノルウェーのタンパ 号が救助、オーストラリアに向かったがオーストラリアは難民たちの入国を拒否。結局はオーストラリアが資金提供し、ナウルとニュージーランドが難民たちを 受け入れた。


Children Overboard事件 ~ジャック・スミス氏(Project SafeCom)インタビュー

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