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スウェーデンの移民政策
スウェーデンは現在、ヨーロッパにおいて最もオープンな移民政策を持つ国である。ヨーラン・パーション首相率いる社会民主党による難民受入れ政策により、スウェーデンはここ30年の間、急速に多民族国家の道を進みつつある。
歴史的にヨーロッパは民族大移動の舞台であり、スウェーデンもその例外ではないが、それはあくまでヨーロッパ内の移動であり、近代まではスウェーデン周辺の民族が入ってきたのに過ぎない。例えば、フィンランド人、バルト海の民族、バルーン人、ユダヤ人、ドイツ人、及びジプシーなどである。
それに比べると、ここ30年の移民構造はまったく新しい種類のものであり、新移民の出身地はバルカン諸国に始まり、中東、ラテンアメリカ、アジア、さらにアフリカにまで及ぶ。海外においてのスウェーデン移住希望者は決して少なくはない。
一方、難民受入れ政策のマイナス点として、現在、国内の失業率の上昇、移民への社会的差別の増加、犯罪増加などが指摘されている。異なる文化と価値観の板挟みに苦しむ難民も多く、そんな中、激しい環境の違いから生まれる無関心症(Apathetic)は、難民の子供たちの間で増えつつありスウェーデンの新たな社会問題となっている。
私自身、スウェーデンでは移民の一人である。スウェーデンには、そんな多くの移民たちの為に無料で受けられるスウェーデン語学校が存在する。私も初めの2年間はその語学学校に通っていたが、初めて入ったクラスには、なんと22ヶ国ものメンバーが揃っていた。
22人のスウェーデン語初心者は妙な一体感を持ち、授業は日々、平穏に過ぎていった。当時は、毎日が新鮮であり新しい発見の連続であったが、その中でも周りの移民たち、特に女性たちの生活態度と人間としての根本的な成り立ちの相違に驚かされることが多かった。2年間に亘って彼女たちと学んだ際に、その机越しに見た、彼女たちの向こう側にあるスウェーデンの今と移民の抱える現実、そして移民女性の多様性について考えてみた。
スウェーデンに移民した女性たち
まず、フィリピン人のマチルダ(仮名)の例を挙げてみよう。マチルダはマニラ出身の24歳(当時)の明るい女の子である。マチルダは数年前に父を亡くし、故郷に母と3人の妹と1人の弟がいる。授業中に何気なく故郷の話をしていたら、いつもは明るい彼女が突然、暗い表情になり、下を向いて、小さな声であるがはっきりと「二度とフィリピンに戻りたくない」と呟いた。彼女が故郷に残してきたものとはいったい何であったのであろうか?
彼女が故郷から遠く離れたスウェーデンに来るまでの道程は、案外短いものであった。スウェーデン人男性にフィリピン人女性を斡旋するエージェントを通して、彼女はマニラでフィリップ(仮名)に出会い、その後、スウェーデンに渡った。スウェーデン地方都市の工場で働くフィリップは30歳のシャイな好青年である。
彼女がスウェーデン人男性を選んだ背景には、彼女の叔母の存在もあった。叔母も20年前にマチルダと同じようにスウェーデンに移住してきたのである。東南アジア特有の血縁の強さが感じさせる経緯である。マチルダはその後も学校に通い続け、今もフィリップと幸せに暮らしている。
マチルダの場合は幸せなケースであるが、移民女性が全員、恵まれているわけではない。スウェーデン政府は2000年、家庭内暴力(DV)に遇う可能性のある外国人女性の移住を否定するとの方針を発表した。しかし、その後も外国人被害者の数が減る様子はまったく見られない。
その傾向を裏付けるものとして、こんな話がある。2003年、スウィディッシュ・テレビジョン(SVT)でスウェーデンに移住したタイ人女性を追ったドキュメンタリーが放送された。その際、在ストックホルム・タイ大使館には、DVを受けた末にスウェーデン男性に捨てられたタイ人女性からの電話が相次いだという。
スウェーデンには、そんな女性達を保護、そして看護するコミューン(市)管轄のクビノーフセット(WomenHouse)という施設がある。そこには、全国から集った大勢の女性たちが、お互いを助け合いながら暮らしている。ある中年女性は見知らぬ他人である私に、アルコール中毒症の夫から命からがら逃げてきた経緯を詳しく話してくれた。彼女の向かいに座る若い女性は、精神病のボーイフレンドからストークされノイローゼになったあげく、友人にここを紹介されて連れてこられたと言う。
スウェーデン人女性だけではない。そこには、嫉妬に狂った夫に架空の不倫を責められ、刺されそうになったというイラン人女性、アジザ(仮名)もいた。アジザは当時、仕事を持っていたが夫に酷い仕打ちを受けているうちに、仕事を辞めざるを得なくなった。当時の自分は次第に自分自身が消えてなくなっていくようでだった、とアジザは語ってくれた。クビノーフセットでは、お互い話し合い、聞き合うのも治療の一つである。
クビノーフセットを知らないスウェーデン人はいないが、外国人女性の場合、そのような施設を知らない人も多い。また知っていたとしても、夫の束縛や自らの恥じらいによって、そのような施設へ行かれない女性も少なくはない。暴力的な環境においてさえ故郷に比べたらまだまし、と信じている女性も中には存在する。彼女等を取り巻く状況は深刻である。
彼女たちの社会を知らない私達が彼女等の家族の実態を把握することは難しい。真実を知るのは彼女等自身だけである。彼女たちが故郷、そしてその背後に何を残してきたのか、私には知る術もない。しかし、彼女たちには、そんな逆境をくぐり抜けてきた者だけが身に付けることのできる特殊な強さが備わっているような気がしてならない。
マチルダやアジザのような芯の強い女性がスウェーデンには、しっかりと存在している。彼女たちには自分を信じ、自分自身の道を切り開いていく力がある。私はそんな彼女たちと2年間、同じクラスで学び、毎日つき合ってきた。彼女たちは同じ環境にいる男性よりも遥かに逞しく、どんな困難をも乗り越えていく強さを持ち備えているのを私は知っている。
近い将来には、彼女たち数人の輪が数十人となり、やがて数万人の輪になるであろう。明るい未来が彼女たちを待受けていることを、私は信じて止まない。
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