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移民たちの国
幼い頃からぼんやりと夢描いていた、フランスの都パリに降り立った時、あれ、想像していたパリの風景とはちょっと違う?と軽い戸惑いを感じたのを今でも覚えている。頭の中のイメージと現実に目にした状況が一致できなかったのは、空港から真っ先にたどり着いたパリ北駅が、白、黒、褐色、黄色、カカオ色と様々な肌の色、人種でいえば東洋人、アラブ人、アフリカ人や南米人などのフランスの「外国人」でごった返していたからだ。
勝手に想像していた金髪にブルーな瞳のフランス人はほとんど見当たらず、今まで聞いたことのない外国語訛りの強いフランス語を耳にして愕然とした。これが現実のフランスの姿だったのか、と日本で学んだ表面的な知識や思い込みを一掃することから、私の移民としての生活は始まったのだ。
フランス国籍を取得する
フランス国立統計経済研究所の調査(1999年)によると、フランスには約431万人の移民が暮らしている。この場合の移民とは、単なる外国籍を持っている外国人移住者だけではなく、後天的にフランス国籍を取得した人も含まれている。実は、この431万人のうちの36%はフランス国籍を持つ移民なのである。フランスでは、父親あるいは母親がフランス人の間にできた子供は自動的にフランス国籍を取得できるという血統主義と、出生地の国の国籍を認める生地主義とをミックスした国籍採用方式がとられている。
つまり、フランスで生まれた外国人両親を持つ子供でも、5年以上フランスに暮らしてフランス国籍を申請することで、間違いなくフランス国籍が取得できるのだ。また、旧植民地であるマグレブ(アルジェリア、チュニジア、モロッコの北アフリカ地中海沿岸の三国)からの移民は、以前の従属関係から優遇され、国籍取得やその他の移民手続きは簡略化されており、マグレブ移民は常に増加傾向にある。また、ビザや滞在許可書を持たない「サン・パピエ」と呼ばれる不法移民の存在が現代フランス社会の問題となっているが、下層の労働力となる不法移民に合法的に滞在許可書を発行することも稀ではない。
フランスの移民政策
フランスは19世紀半ばに始まった移民の歴史の初期段階から、移民にも国民とほぼ同等な権利を与える同化政策をとってきた。フランスは、共和制の理想である「自由・平等・博愛」を掲げ、その価値観を普遍なものとして共有する者に対しては、その民族、宗教、人種に関わらず差別なく受け入れ、フランス人同様の権利を認めてきたのだ。
フランス同様にアメリカも血統主義と生地主義とを採用し、移民によって形成された国である。アメリカの移民は○×系アメリカ人と呼ばれ、先の民族性を否定せずにアメリカ人としての意識も持っている。民族差別、身体的差別があった歴史的経験から、現在のアメリカは逆に本来の民族を肯定することでアメリカへの愛国心を持続させる、という政策をとっているのだ。
しかし、民族という概念を超えて、人は誰でもみな平等とみなす国家、フランスにやってきた移民たちは、自らのアイデンティティを守ろうとして民族意識にとらわれる必要がない。それどころかフランスの文化と同化することで、彼らはフランスの地で自由になるのだ。そのためか、パリにチャイナ・タウン、インド人街、日本人街のような地域が存在してはいても、サンフランシスコやロンドンのそれとは違って、小規模で目立つものではなく、なんだかこの界隈にはインド人が多いなあ、という程度の印象を与えるものでしかない。パリの中心地にあるアラブの教会ラ・モスケや、トロカデロ広場で太極拳を行う人々は、パリの風景に見事に馴染んでいる。人工的に意識して作られた民族コミュニティではなく、様々な人種や文化が自然にパリの街の一部となっている感じだ。
溶け合う異文化の空気=フランス
フランスの移民たちはフランスのもつ価値観を容認し、その中で生きることを選択した人たち。肌の色も体形も、見た目はまったく違う移民たちが、誇りを持って「私はフランス人だ」と断言する。フランスは移民たちが運んでくる異文化の空気を吸収して、その文化に溶け込ませる。フランスという大きな入れ物の中で、異なった物質が溶け合って混ざり合って一体化していき、もともとフランス人である人も、フランス人になることを選んだ移民と呼ばれる人々も、違和感を覚えることなく共に暮らしていく。これがフランスの作り上げた移民社会なのだろう。
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