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昨年末からEUで大きな問題となっているのは、イスラム教徒の女性が頭に着用しているスカーフである。政治と宗教の分離が激しいフランスでは、キリスト教のシンボルであるマリアの絵や十字架も学校では禁止されているのだが、なんと子供達にまで、イスラム教徒のシンボルであるスカーフを禁止することになったのだ。
宗教的影響を義務教育の場で与えてはならないとするドイツでも、教師がスカーフをかぶって授業をすることはできないが、子供達への法的強制はまだない。それはフランスと違って、ドイツにはこれに関する法的基礎がないので、裁判所で禁止事例を出せないためだ。国全体で統一した法律がない間は、州ごとで判断することになっている。
「どうしてそんなことが国のテーマになってるわけ?」と、学校に着ていくものを規則付けられてきた日本人から見れば、「何をいまさら」と思えるだろうが、これがなかなか結構複雑な問題なのだ。
ドイツのメディアで報告されている国別インタヴューに従って少しまとめてみると、ヨーロッパ内でも色々な意見に分かれていることがわかる。イスラム教国家の中でも政治と宗教の分離がはっきりしているトルコは、公の場でのスカーフ着用は禁止されている。
イスラム教徒が多いロシアにおいては、パスポート写真での着用を許可しているし、デンマークやイギリスでは比較的着用に寛容で、教育者にも何の要請もしていないようだ。スイスでは公的な着用は禁止されている。
こう見ていくと、一体どういう基準でどこの国がどう決めているのかわかりにくい。イスラム教徒数が関係しているようでもないし、西と東で答えがはっきりしているともいない。大体各国内においても、意見はもちろん分かれていて、フランスでは、比較的リベラルな左翼系がスカーフ着用禁止に反対しているのに対し、保守派の中には賛成の声が高いそうだ。
ドイツ国内でも、州によってかなりのばらつきがあり、それも地理的に関連性があるともいえない。キリスト教内をみてみても、カトリックが着用禁止に反対しているのに対し、プロテスタントは賛成の態度を取っている。
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こうした二者選択の決議は、色々な事情が複雑に絡んでいる。フランスの政治と宗教分断の案は、20世紀頭にカトリック勢力を押さえる役割を果たしただけに、それに反するカトリックの態度も、フランス政府の世俗主義に対抗している側面もあるだろうし、ドイツにおいてはユダヤ人迫害の歴史が大きな傷を残していることも相まって、ある宗教や文化に境界を引くことに躊躇しているという現実もある。トルコにおいては、EU参加を熱望しているだけに、自文化の西欧化は大事な意味を持っている。
こうなると、何のために今こうした法律を作る話になっているのか、といった元々の意味がが不明確になってきて、国家間、あるいは組織間の事情ばかりがクローズアップされてくる。反対に当のスカーフを被る側のイスラム女性の声はあまりキャッチされていない。その裏にはもちろん、イスラム女性の公における弱者としての立場も関係している。
聞こえてくるのは、フェミニズムのイスラム諸国の女性の声が大半だ。そうなると、好きで被っているのだから放っておいてくれと一般のイスラム女性が思っているのか、実は大きな声で解放を求めたいができない事情があるのか、という一番肝心な点が見えてこない。
単純な政治における二者選択が話の中心になることで、民族主義の風潮が強まるのではないか、という心配の声もある。そこで次回は、スカーフの歴史的宗教的意味と、外国に住む若いイスラム教徒の保守化についてレポートしたい。
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