|
Yaya GHABDA(ヤヤ・ガブダ)さん(通称ヤヤさん)は、ニジェール人で、現在静岡県浜松市に住む。浜松に来て、もうすぐ13年になる。ニジェールでは医師だったが、今はフランス語の先生をしている。
***
ニジェールとは、西アフリカに位置し、サハラ砂漠の真ん中にある国だ。私は、砂漠の真ん中で生きている人たちがいると知って大変驚いた。Yayaさんは遊牧民であるトゥアレグ族の両親の長男として生まれた。
黒人で、大変背が高くひょろっとした体型をしているYayaさん。黒人というと、私の中には「威圧感」という先入観があるのだが、初対面でのYayaさんの顔にはそれがまるで感じられなかった。話し始めるYayaさんの口調は穏やかで、すぐに先入観は崩された。
***
ニジェールの自然環境について驚いたのは、①まず、水がない、ということ。水は、一日一杯と決められていて、親は、子に厳しく躾ける。Yayaさんは今でも水を飲まなくても大丈夫な体だという。水は、深い井戸の中にある地下水。水汲みに行くのは女性の仕事であり、一日の生活の殆どを占める。
②一年中暑く、特に4月が猛烈暑い。日陰でも50度だ。といっても砂漠には日陰はなく、それはオアシスでの話だ。寒い時期もあり11月から2月までは最低気温が零度になることもある。
③その寒い時期から半年以上、男たちは、らくだと共に塩を採りに旅に出る。塩は、他の民族と食糧などを交換するための貨幣代わりなのだ。男の子は、7歳になると、大人になる試練として旅に出される。男の子は、どんな事があっても泣かない、と厳しく躾けられる。
④食事は一日2回だが、食べ物が手に入らないと、1回だけ、もしくは食べないときもある。食べ物は、稗(ひえ)をつぶしたものやナツメヤシ、砂漠パン(砂の中で焼いたパン)など。殆ど味のないものを生きるために食べるのである。Yayaさんは、日本の生活でもあまり食べないとか。食べなくてもいい体になっているようなのだ。また、砂糖は男たちのエネルギー源として欠かせず、Yayaさんは大変甘い物が好きだ。
***
この過酷な環境の中で、生きている人々。私たち日本人からしてみれば、とても大変そうで、自分たちだったら生きていけるかわからないと思ってしまうだろう。しかし、Yayaさんは、楽しくて夜寝るのも惜しいほどだ、というのだ。夜になるとたくさん現れる野生の動物たち、空に輝く満点の星やオーロラなどの自然現象が、生活に楽しみを与えているからだ。
Yayaさんが言う。母国には『幸せ』という言葉は無い、と。彼らは毎日が生きる事に精一杯だ。その毎日が当たり前のことであり、特に幸せということを考えないということかもしれない。『幸せ』イコール当たり前ということなのかもしれない。
他の事を知らない、ということは、ある意味、幸せなのかもしれないな、と日本人と比べてふと考える。日本には、様々な事がありすぎて、果たして『幸せとは何か』分からなくなっているところがありはしないか。そして幸せ探し、幸せ追求、ということが起こる。当たり前のことが幸せでなくなっている…そして、幸せが叶わなくて、自殺したりする。日本で一番不可思議な事が、この自殺だと、Yayaさんは言っている。ニジェールでは全くありえない、と、声を強くする。
では、ニジェールの子供たちに将来の夢はあるのだろうか。それは、男の子たちは、お父さんのようにらくだに乗ることだという。砂漠の旅に出て、食料などを得てくる。女たちは、男たちが旅に出ている間、家を守り、毎日井戸へ水汲みに行き、料理をしたりして過ごすのであるが、女の子たちの夢は、そんなお母さんのようになること。二ジェールの村の子供たちは、親を見て育つ。他に生き方を知らないし、それが当たり前なのだろう。
***
では、日本人の子供たちはどうであろう。様々な選択肢があって、それぞれの夢を持つ。現代は、両親と同じである事は少ないのではないか。しかし、大きくなるにつれ、夢ははかないものだと知り、破れていく。または、変わっていく。結局両親と同じ職業に就いたりもする。Yayaさんは、そんな日本の子供たちをうらやましいとも言う。
ニジェールの村の子供たちには知識がない。知識があればいろいろな事(例えばマラリアの予防など)に役立つので、知識は必要である。だから村の子供も学校へ行く事をYayaさんは希望しているというのだ。
***
さて、そもそもYayaさんは何故、日本(浜松)に住むことになったか。それは、中国での留学先で出会った日本女性との結婚が理由である。Yayaさんは、自分の人生は、何か目の見えない力によって導かれているようだ、と言っている。子供のとき突然ニジェールの軍隊がやってきて、無作為に学校に入れられた時も自分の意思では全くなかった、と。
しかし旱魃により父親がらくだを全て失ったとき、貴方がしっかりしなさい、頭がいいんだから、と言われて、初めて自分の意思で勉強しようと思う。が、大学(首都にあるニアメ大学で医学を学ぶ)では、有力者の子供や知り合い以外は希望のところで学べない事が不服で、外国への憧れを抱く。ところがやっぱりお金持ちでないと希望の国へ行けず、結局希望者の少ない(Yayaさんも希望しない)中国へ、試験に受かり、行く事になった、という。日本に来たのも本当に不思議だ、と。
Yayaさんの子供の頃の将来の夢は、お父さんのようにらくだに乗って剣を持つことだったと話す。白いらくだと、身を守るための剣(日本刀に良く似ていて、びっくりしたとのこと)に憧れていた。思い描いていた将来とは違う人生を歩んだYayaさんであるが、今でも、らくだに乗って刀を身につける姿が、自分の夢であり憧れである、という。
「私は『国際遊牧民』であり、時間に追われる生き方はしたくない。そしてニジェール国民の代表である。誰でもいつでも尋ねてきて欲しいと思っている。」と言っている。
|