オーストラリアで平和活動を行う日本人たち
届け、日本人の平和への想い 日豪を結ぶ平和構築のための活動を目指したJfPが発足したのは2005年3月。発起人の一人である中村ひで子さんは、設立の動機についてこう語る。 「ヒロシマ・ナガサキ被爆60周年をきっかけに、被爆の実態を自分たちの手で広く知らせよう、平和への思いを現地の人たちと共有したい、ここで暮らす日本人として、オーストラリアが掲げる多文化社会をより内実のあるものにしたいという声が、メルボルンの日本人コミュニティーから挙がってきたことにあります。」 世界中からの移民が共生する多文化都市メルボルンには、ベトナム、旧ユーゴスラビア、東チモール、アフガニスタン、イラク、スーダンなどから戦禍を逃れてきた住民も少なくない。このような事情を背景として平和活動が盛んであるメルボルンで、傍観者にとどまるのではなく積極的に現地の平和活動に関与していきたいという強い願いをもって個々に活動していた日本人有志がJfPを立ち上げた。 日本人がオーストラリアで平和活動を推進していく意義は、被爆国としてヒロシマ・ナガサキの悲劇が繰り返されないよう広く訴えていくということだけではない。平和に対する日本の「責任」を自覚した日本人が、歴史を真摯に学び、平和構築のために若い世代と共に尽力する姿をオーストラリア社会に示していくという意味でも意義がある。 日豪両国は、幅広い分野で友好的な関係が維持されているが、第二次世界大戦の傷は、特に年配層に深く刻まれており、それが時として表面化してくることもある。 オーストラリア人にとって、日本はオーストラリア本土を爆撃した史上唯一の国である。また、旧日本軍の捕虜となった約2万2千人のオーストラリア兵の3分の1が劣悪な条件下で命を落としている。しかし、日本人の多くは、オーストラリアに来るまでそのような加害者としての事実を知らない。 このような事情も踏まえて、JfPは、お互いの歴史に学びながら現地の人たちと一緒に平和を創っていけるよう、世代を問わず参加できる平和活動を幅広く行っており、中でも、戦争体験世代の声に耳を傾け、子供たちに平和の大切さを伝えて行く活動の充実を図っている。
ピース・ケータリングで子供たちにに絵本「My Hiroshima」を朗読
(写真/JfP)
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