*** 文化・東西南北Vol.3 ***
セクシュアリティーの問題 北ドイツはビーチだけが裸なのではない、前にも言ったように、夏になると公園でも裸の人に出会ってしまう。最近は市民プールだって全裸の日があるし、サウナは当然普段混浴だ。湖や海で裸になれる私も、プールみたいな室内で裸で泳いだら、恐ろしくて水の中で目が開けられないのじゃないかと恐くてまだ行っていない。 サウナには一度入ったことがあるけれど、余り広くない場所に裸の人が汗をかいているのは、どうも居心地が悪いものだ。初めて私が、サウナに混浴の日と、女性の日があることを知った9年前、私は同居人の女の子に聞いてみた。 「裸でもなんとも思わないの?ほらさ、性的に。。。」 彼女は「なに言ってるのよ。なんともないわよお。」と答えた。そんなの考えすぎよと、笑い飛ばされたのである。性のことを気にするほうがおかしいかのように。確かに、FKK運動でも、「裸=健康=非エロチック」と主張したらしい。 しかし実際どうだったのか。これについては色々な意見がある。FKKのポスターや、専門雑誌の写真も、ギリシア彫刻系の「肉体美」追求型に混じって、グラマーで長髪のお姉さんが、四つんばいになってにっこりしているものもある。 服を着ていたって、性の匂いを人はかぎだすのだから、裸になったら性を気にしないなんてちょっとおかしいんじゃないだろうか。大体裸をみてエロチズムを感じなくなったら、何を見て感じるのか。さらに私は同居人に聞いてみた。 「それはね、シチュエーションによって決まるのよ。サウナではそういうことは考えないの。」 日本の混浴は前近代 さて、日本では江戸時代に公衆浴場が出来たらしいが、当然最初は混浴だった。場所によっては湯女なんていうのもいて、遊郭みたいになってしまったところもあるようだが、元々裸で男女が入浴することは、ヨーロッパみたいに近代化に対するイデオロギーどころか、全く自然な伝統だったのだ。 開国後、西欧人がこの様子を見て、所謂「野蛮」なこの慣習は禁止されてしまったのである。しかしこの混浴禁止令も、国の中心から離れた地方都市ではなかなか守られなかったらしい。今でも地方にいくと、昔のように混浴ができる浴場がたくさんある。西欧の自然派にはたまらない場所かもしれない。 FKKの話をしていた元東ドイツ出身の友達が言った。「大体ね、FKK専用ビーチなんて、最悪よ。裸にならないほうがおかしいってされて、ほぼ半強制的なんだから。思春期の時なんて、もうたまらなかったわよ。」 東ドイツでは裸に寛容だというのは、彼女によればただの神話だというわけだ。FKKを政治的に正しいと押し付けられた子供には、良い迷惑だったというのだ。こうした体験を持つ彼女は、いまだに裸で泳がない。 ついでに言うと、東ドイツではガラガラのお店でも、「ちょっと待ちなさい」と順番をコントロールする店員がいて、客はちゃんと並んで待つのが普通だったそうな。そのせいで、彼女はいまだ一分たりともレストランで並んで待つという行為ができない。潔癖なまでの教育が、トラウマになっているのである。 ドイツ文化における素敵な「野蛮性」 先日、私は最後の夏を満喫しようと、ベルリンから出て、久しぶりにバルト海まで足を伸ばしてみた。旧東ドイツに接する海である。日本の山に囲まれた浜と違って、バルト海のビーチは果てしなく白く、長い。子供達の休暇も終わった8月末だったせいか、人影もそれほどなく、皆其々好きな格好でごろごろして静かに本を読んでいる。 そう、ドイツ人得意の「何でもあり」なのである。
[今では廃墟となっている旧東ドイツ時代の温泉所。看板の文字が何故かバウハウス風]
裸で帽子をかぶりながら波打ち際を散歩するおじいさん。すっぽんぽんで日光浴をする2組のカップル。着たければ着ればいいし、着たくなければ着なくてもいい。ドイツ独特の自分勝手な無法状態だ。 もちろんドイツに長く住みすぎた私も、一度水に入った後に水着がなかなか乾かず肌寒いので、「えーい!」と半裸になってゴロッと横になる。ビーチが広いので、誰も気にしていない。少なくとも気にしていないと感じたからである。 気分で選べるこの「何でもあり」は、規則の厳しい日本で育った私には天国だ。特に東と西にドーナツ型に分かれていたベルリンは、宗教色が強くないのも手伝って、そういう風潮が強い。 夏に皮ジャンをきても、上下が夏物と冬物でも自由。ジーンズでオペラにいっても関係なし。スーパーのレジでは、お腹をすかせたお姉さんが、ご飯を食べながらお勘定。カフェで隣の話が面白ければいきなり突っ込みを入れてもオーケー。デパートで目をつけた商品に穴があいていたら、ただの売り子が針と糸で直して売ろうとするし、勿論買い手も適当に値切って良し。 こうした多々の「何でもあり」は、ナチスが作った「規則正しく、勤勉な」ドイツ人像をすっかり覆してくれて小気味がいい。潔癖清潔近代的日本の大都市から来た私には、このドイツ文化の野蛮さが魅力的なのだ、なんて言ったらアジア人より進んでいると思っている彼らはひっくり返るかもしれない。
ドイツの裸事情II. 原始への帰還とテクノ・クラブ 「ドイツ裸事情FKK対日本混浴(上)」
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