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モンゴル、ヨーロッパ――同じ「現代」
全編モンゴルの雄大(というほかない)自然を背景に描かれたこの作品世界は、たしかに私たちの目にはほとんど神秘的なものとして映る。 しかし、厳しい撮影条件のもとで誠実に作り上げられたこの映画は、生活の厳しさと尊さとを静かに伝えてくれるものだ。 それは、すでに殺伐とした「現代」に取り込まれてしまっている私たちの、生きるとは何か、というもっとも基本的な問いかけに応えかけてくる。
自然に抱かれ、自分たち本来の「くらし」を淡々と営みつづけるノマドたちと、機械化された「近代」を生きるヨーロッパ人。 しかし、この二つの世界は、確実に交叉しあっているのだ。 スタッフの大半は別世界から来た「他者」でありながら、ノマドたちの暮らしに向けるその眼差しには、エキゾチックなものに対する専横な好奇心はない。 そこには、同じ「現代」を生きるもの同士の切実なコミュニケーションが、「映像」という形を取って、静かながらも生きいきと記録されている。
対話としてのドキュメンタリー
遊牧民の昔ながらのくらしに目を向けたこの映画、ともすれば現代を否定することにもなりかねない素材でありながら、見終わった後の気分は清涼だ。 恐らく、そこで暗黙のうちに追求されているのが、どちらの生活、どの価値観が「正しい」か、ではなく、むしろはるかに、それら別の価値観が、互いとどのようにコミュニケートしてゆくか、だからなのだろう。
相対立するさまざまな要素を、他を排除することなく受け入れること。 そこにともにあること、言葉だけに頼らない対話を模索すること――。 風に揺れる草、ノマドのおじいちゃんの笑い皺、食事時の食器の触れ合う音――そんな、彼らにとってはこの上なくありふれたものであるに違いない「日常」のくらしを眺めていると、やがて、それをただ映しつづけるカメラに視線を同化させ、映像の世界に身をゆだねることそのものが、ドキュメンタリーという形をとったひとつの対話なのだ、とさえ感じられてくる。
ドキュメンタリーの復活
最近、ドイツでは再びドキュメンタリーが注目を集めはじめている。 いわゆるハリウッド型の「大きな物語」の中で、世界を救うヒーローに感情移入するのもいいだろう。 だが、進歩・発展という近代のイデオロギーがいよいよ行き詰まってきてしまった現在、硬直したイデオロギーを押し付けあうことではなしに、私たち自身の日常に、そして私たちとは別の生活スタイルと価値観を持つ他者たちの日常にも、もっと目を向けてあげることが必要なのかもしれない。
また、通常の価値判断ではカテゴライズできない「他」の出来事を、それとして拾い上げてゆくためには、既成の物語コードを一端はずすことが必要だ。 そのためには、「フィクション」よりも「ドキュメンタリー」という形のほうが、柔軟に対応できるのかもしれない。 そして、他者のあり方を、そのようなものとして見つめることは、かえって私たち自身の「現実」をも、新たに見直すことにつながるに違いない。
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映画 『泣く駱駝の物語』 は昨年秋の公開以来、各誌の絶賛を受け、ドイツ各地で未だにロングランを続けている。 機会のある方はぜひ見てください。 見終わったあと、きっとあなた自身の「現実」を新しく呼吸することができるはずだ。
なお、作品サイトでは美しい映像と、スタッフのインタビューを楽しむことができる。 英語ヴァージョンも載っているので、一度覗いてみてください。 http://www.kamelfilm.de/
またこちらはドイツ語オンリーだが、両監督のさらに詳細なインタビューが載っているので、興味のある方はこちらもどうぞ。 http://www.kino.de/mitwirk.php4?nr=184413&typ=interview
]『壁に向かって』 Gegen die Wand(独 2004年)
『兵士と女王』 Der Krieger und die Kaiserin
『演劇中毒』 Die Spielwutigen
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