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アパートを飛び出せ! 〜パリ移民地区のアフタースクール〜
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| 2008-11-02 |
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子どもたちの声が立ち上げを実現
そもそも、”Aider Agir 18eme”を立ち上げたきっかけはなんだったのだろう。それをアジャさんに伺うと、話は彼女のフランス移住時代まで遡った。
アジャさんは、前述したようにカリブ海のフランス領グアダループ出身だ。1983年、10歳の頃に母親とフランスに移住して以来、パリの18区で暮らしている。お母さんは、身体が不自由で車椅子生活だったためグアダループでは職がなく、職業紹介所からパリでの仕事を紹介された。父親はフランス行きを拒んだが、活発だったお母さんは働くことを選び、アジャさんとお姉さんを連れてパリにやってきた。そうして仕事をしながら、晩年は近所の女の子の勉強を自宅で見ていたという。
「1999年、母の死をきっかけに、私が自然とその役割を引き継いでその子の勉強を見始めました。いつの間にか、彼女が妹も連れてくるようになって。彼女たちは8人家族で、家は寝食のスペースでいっぱいでした。私のところに来るようになるとすぐに、その効果が学校のテスト結果に現れました。すると、周りの友達たちも一緒に訪れるようになって・・・。」
次第にアジャさんのアパートだけでは、場所も机も足りなくなり、アソシエーションを立ち上げることを考え始めた。しかし、アソシエーションとなると、経費も手間もかかる。簡単なことではないと、子どもたちに「これからも毎日ちゃんと来るって約束できる?」と聞くと、「もちろん!」と弾むような答えが返ってきて、アジャさんは決心を固めた。
書類を揃え、市役所にアソシエーション申請をしてからは早かった。OPAC(フランスの住宅整備公社)から、アフタースクール用のスペースを無料提供してもらい、アソシエーションとしては水道光熱費を収めるだけでOKという契約になった。アジャさんは、この水道光熱費を集めるために、毎年9月〜10月の間に、チャリティ路上マーケットを開催するのだという。
「期間中は歩道を400mほど借り切り、インターネットでマーケット参加者を募ります。毎回たくさんの応募があって、200席が満員になりますよ。参加者の場所代が、そのままアソシエーションの活動維持費になります。」
つながる隣人ネットワーク
マーケットの参加がきっかけで、定期的にボランティアを始めたフランス人もいるそうだ。こうした、幅広い活動ができるのも、アソシエーションの強みだ。
「他にも、資金集めとは関係なく、週末にサッカー大会を開いたり、子どもたちの誕生日パーテイーを催したりもしています。クリスマス会、ハロウィン、感謝祭は恒例行事になっていますね。」
イベントには、普段はアフタースクールに来ない子も積極的に参加する。サッカー大会には親も応援に来て、子どもたちも真剣そのものだそうだ。こうしたイベントが、HLM内の活性化にもつながっている。
「以前は、同じHLMに住んでいても、挨拶を交わさない隣人はたくさんいました。子どもたちも、小さなグループに分かれて、だらだらと過ごしていることが多かった。」
今では、ここの子どもたちは誰もが、年齢が違ってもHLM内に住む全ての子の名前も部屋も知っている。他のHLMにありがちなグループ間対立もなければ、部屋にこもりっきりの子どももいない。自然と、互いに声をかけあっているという。大人同士も顔見知りになったことで、隣人同士の交流が生まれた。
私が最初にこのHLMを訪れたときに、とても穏やかな空気が流れている、と感じたのも、どうやら錯覚ではなさそうだ。
おわりに
取材後に、アジャさんが最初に勉強を見ていた女の子のその後を聞いて驚いた。彼女は中等・高等学校を無事に終え、今ではプロのバスケットボールプレイヤーとして活躍しているという。その話をする時のアジャさんは、本当に誇らしそうだった。
移民コミュニティーの孤立化が、フランスだけでなく他の欧米諸国や米国でも深刻な問題となっていることは、もはや改めて記すまでもない。もちろん、日本も無縁ではない。移民地区といえば、暴力や犯罪の温床のように語られることも多く、そうしたイメージは移民の人びとへの差別を助長している。とはいえ、たとえ善意がこめられていても、外側からのアプローチが必ずしもプラスに作用するとは限らず、なかなか出口の見えにくい問題だ。
今回の取材では、移民コミュニティー内部で始まった、ポジティブで広がりのある取り組みに触れることができた。そして、こうしたコミュニティー主体の活動こそ、問題のひとつの突破口となるのかもしれない、と強く感じた。
※1:Directsoir No.408, 2008年9月24日版
※2:Afev とは、全ての子どもに教育機会を提供することを活動主旨としているフランス全国規模の団体
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