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ナチュラルハウスを創る Vol.14~夢の終わり ~

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小井沼有嗣 アメリカ 小井沼有嗣 アメリカ
day
2008-02-03
 

 2005年秋から、僕がフルタイムで働き、妻が専業主婦になる古典的な家族形態になった我々でしたが、生活全体はよりスムースになったものの、僕が家にいる時間が減ったので、建築作業はよりのろくなりました。

 とはいっても進行しなかったわけではなく、ストローベイル小屋の屋根の枠組みなどは僕一人でやりました。前回の経験があったので、より効率的に進み、金属の屋根の取り付けも問題なくできました。 また春先には地元のナチュラルハウスに興味を持つ人々から、コブのワークショップを開催したいという申し出がありました。

 この時点で我々のコブ作業は全て終わっていて、何もすることがないので、急遽ストローベイル小屋の片側に屋外の温室(グリーンハウス)をつくってもらうことにしました。 大まかに構想はあったものの、今すぐ必要なものではありませんでしたが、我々がそもそもこのプロジェクトを立ち上げた理由の一つはコミュニティへの見本、教育だったのです。 ですから、こちらが割ける時間や労力はあまりないけれども、それでも良ければうちでやって下さい、という話になりました。

 これも、我々の挑戦にいかに希少価値があり、周囲の人々が関心を持って見守っていることが示されたできごとでした。 しかしこのワークショップも予定より大幅に遅れ、温室のスペースを完成させるどころか半分程度しか到達せず、その後、できかけの壁などが放置されるという、このプロジェクトの典型的な結末をたどりました。 コミュニティが小さいゆえのイベント運営のずさんさ、曖昧さなどが浮き彫りとなるできごとでした。

[ できかけの温室エリア。 壁がもっと高くなり、その上に取り外しのできる透明なプラスチックの屋根がつく予定が、未完のまま中断]


 話が少し前後しますが、春先に妻は2人目の子供をみごもりました。 上の子が2歳になり、子供は3、4人ほしいと思っていた我々にとって、子供を産むタイミングは何にもまして重要です。我々にもついに、今の建築のペースでは、今後我々の家族を育む環境をつくりだすのは無理だという現実がみえてきました。

 6年にもわたる作業に疲れきっていた我々は、子育てが重労働になるにつれ、もっと普通に便利な環境で暮らし、ナチュラルハウスをつくる挑戦、重荷から解放されたいと考えるようになりました。 しかし、その時点でストローベイルの小屋はまだ半建て状態でしたし、このままこの物件を売っては経済的にも損ですから、もう一年頑張って、子供もここで産んで、翌年ストローベイルの小屋が住める環境になった時点でこのプロジェクトを引き継いでくれる人を探すことになりました。

 しかし、一旦あきらめ腰になってしまったせいか、悪いことが重なり、2年前から不治の病をわずらっていた父の病状が急に悪化し、この年は春から夏にかけて僕は3度も家族をおいて日本へ駆けつけました。いつ亡くなってもおかしくない緊張が数ヶ月続き、死に目には側にいたいという僕の願望のため、度々の旅行の費用もかさみました。我々は妊娠と臨終という、まさに生と死の狭間で生活していたのです。

 それなりに建築にも精を出したつもりでしたが、もちろん予定より大幅に遅れ、ストローベイルハウスがいつ手放せる状態になるのか、ますます見通しがきかなくなりました。

 父は2006年8月の末、ついに亡くなったのですが、運良く僕はその場に居合わせることができました。 が、その直後の9月、仕事の出張でまた家を留守にした僕は、妻からの電話で、彼女がストレスから度々、放心状態に陥っていることに気付き、我々がもう限界に達していると感じました。 出張から帰って、すぐにオースティンの市街地に借家を探し、10日後には家族を引っ越したのです。

+++


 こうして、最初のワークショップから数えると7年以上にも及んだ「ナチュラルハウスをつくる」という我々の夢と挑戦は、2つの小屋の建築の完成を待たずに終わりを迎えたのでした。 中途半端な形でプロジェクトを放棄するのは断腸の思いでしたが、家族と健康が損なわれては仕方がありません。 限界まで精一杯頑張った思い出を胸に、我々は土地を引き払って町に移り住みました。

 こうして振り返ってみると、我々の夢はやはり若気のいたり、考えが全く甘かったところが多々ありました。 コミュニティからのプロジェクトへの関心も、我々が作業する中でだんだん増えてきた感じで、前例のない事業へ取り組んだ我々は、良く言えばパイオニア・先駆者だったわけで(逆にいえば身の程知らずですが)、そのぶん周りに助言をしてくれる人もおらず、手探りでの作業を自分たちだけで孤独に試行錯誤していた印象があります。

 しかし、それでも素人がここまでしっかりした建物をつくりあげたことも事実ですし、ないものづくしの生活を生き延び、自然の中で子供を産み育て、他の人のやっていないことに挑戦した経験は、今後の我々の人生において、大きな財産となってくれると思います。

  ナチュラルハウスをつくり、住むという作業が、我々にとって困難だったのは、やはり関連事業や専門家がいなかったという点です。従来の家や建築業界が生み出す環境破壊とは違った新たな選択肢、オルタナティブ(alternative)があることが社会に浸透すれば、それをサポートする社会システムも出てくるわけですから、我々のささやかな挑戦と挫折もその流れを生み出す原動力の一部になってくれたら、と僕は考えています。

 現実に、翌年4月、我々が始めたこのプロジェクトに感銘を受け、ぜひ買い受けて続行したいという方が現れ、我々は自分たちの労働費とまではいきませんが、土地の値段プラス、建築の材料費分はまかなえる値段で売ることができました。 その後どうなったのか、風の便りにしか耳にしませんが、あの土地で何か作業が行われているらしいという噂は耳にします。 ナチュラルハウス、特にコブは手入れさえ怠らなければ、数百年たっていると聞きますし、現にヨーロッパでは古いコブの家には相当な価値があるそうです。 我々の建てた小さな小屋も、末永くたっていてほしいと願います。(了)

[ 引っ越し直前に撮ったコブハウスの中]

[ 土地が売れる直前。我々が残した建てかけの家たち]

[ “Terri & Ari Finch-Koinuma built this house 2001-06”とコブハウスの中に刻みました。


ナチュラルハウスを創る Vol.13 ~二軒目の小屋 ~
ナチュラルハウスを創る Vol.12 ~子育てと生活環境 ~
ナチュラルハウスを創る Vol.11 ~人生は待ってくれない ~
ナチュラルハウスを創る Vol.10 ~ついに屋根が ~
ナチュラルハウスを創る Vol.9 ~ないものづくしでも ~
ナチュラルハウスを創る Vol.8 ~屋根の枠組み~
ナチュラルハウスを創る Vol.7 ~コブの壁 ~
ナチュラルハウスを創る Vol.6 ~土台~
ナチュラルハウスを創る Vol.5 ~家の置き場所 ~
ナチュラルハウスを創る Vol.3 ~コブハウスとは ~
ナチュラルハウスを創る Vol.2 ~コブハウス・ワークショップでの体験 ~
ナチュラルハウスを創る Vol.1 ~日本人オーナー・ビルダーがテキサス州で面した現実 ~

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